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建産EYE
2014/12/19
心が通じ合える現場運営を
鹿島・鴻池・三井住友共同企業体
工事事務所長 常岡次郎氏に聞く
オールマイティが要求され、しかも多様な人たちとの集合体でもある建設業に魅力を感じるという常岡所長は職場の和に努める一方、チャレンジ精神も極めて旺盛。しかも建設業の技術革新や能率化など、多岐にわたって前向きな考えの持ち主でもある。その柔軟で斬新なマルチ人間ともいえる考えを披瀝していただいた。
――現在のお仕事と、これまでの実績から
現在の現場は、鹿島、鴻池、三井住友の3社が企業共同体を組み、ある会社の研修施設の計画に取り組んでいます。多くの関係者の方にとって、大変思い入れが強い建物であり、ぜひお客さんのその思いを形にして、十分満足いただける建物をお渡しできるよう少しでも貢献したいと考えています。
過去、第一線で担当したのは、主に生産施設工場や事務所ビルなどですが、トータルとしてはマンションが最も多いですね。もちろん、いろいろな超高層ビルや大規模なものも手がけました。ただマンションは建設している間、入居されるお客様とは直接のやりとりができません。こうした顔の見えないエンドユーザーの方々に満足いただける内容に仕上げるのは非常に難しいですが、入居される多くの方から信頼され、喜んでいただけるよう心がけて頑張ってまいりました。
――ゼネコンに入ったきっかけは
私が建設業界に就職するきっかけは、大学時代に観た高倉健さんが主演の「海峡」という映画です。高倉さんが国鉄の技術調査員として難航を極めた北海道と本州とを結ぶ青函トンネル開通工事に様々な関係者とともに従事し、家族愛をはじめとした人間ドラマを加味しながら幾多の苦難に立ち向かっていく。その真に迫る演技力と格好よさにすっかり魅入られましてね。そこから土木建設業の荒々しさ、緻密さ、壮大さ、高い社会貢献度などが読み取れ、この職業に一生をかけようと思いました。
もともとは絵を描くのが好きでしたので設計者を目指していました。ところが現場監督というのは、あることに特化せず、オールマイティでなければならないうえ、人を使ってやる仕事なので、そこに魅力を強く感じ、現場監督の道に入っていきました。
――この仕事のどこに魅力を感じられ、また将来の夢は
プロジェクトごとにお客さんや設計者、またメーカーや工事会社の方々、職人さんなどいろいろな人と建設という一つの目標を通じて知り合えることです。こんな仕事はなかなかありません。人生の刺激にもなりますし、その出会いはかけがえのないものです。今後、技術的にとても難しいことをやってみたいですね。難しければ難しいほど新しいことをやらなければなりませんので、新しい出会いもあると思います。いろんな人のいろんなノウハウを集めてくるのが仕事ですから、非常に魅力があります。
――鹿島建設の所長の方々に共通した誇りは何でしょうか
当社は創業以来170年の歴史を持ち、これまで「洋館の鹿島」「鉄道の鹿島」「原子力の鹿島」「超高層の鹿島」などの冠で呼ばれるようにその時代を代表する工事を牽引してきました。我々所長もまた、最前線の責任者としてこの国の建設を引っ張っていく、引っ張らなければならないといった自負と誇りを持っています。
――ご自身の誇りは何でしょうか
私が担当したゆえの何かを建物に遺していきたいと考えています。私がこれまで培ってきた知識や経験のほか、メーカーや専門工事会社の皆さんとともに考えてきたノウハウを形にして、少しでも良い建物になるよう、つまりお客さんが長く使いやすく、誇りに思えるような建物に仕上がるように常日頃、努めています。
――日本の建設産業を発展させるためには、現場から見て何が必要だと思われますか
産業ごとに発展の目標は違ってくると思いますが、ここでは、建設業のレベルアップという視点でお話しします。建設産業を発展させるためには、少ない人数で建設できるようにし、生産性を上げ、一人あたりの市場を賄う能力と施工精度を飛躍的に向上させることが不可欠です。そのための方向性としては①機械化、ロボット化施工②建設工法及び資材のモジュール化、工業化とそのための設計法の確立③作業員の多能工化―の3つがあると思います。これらは実のところお互いに密接な関係にあり、1つも欠かすことができず、総合力の発揮によって、実現が可能となりますし、生産効率と出来栄えの品質精度も合わせて高められます。その結果、建設業に携わる人々や彼らの持つ技能に対し、世の中から真に尊敬と称賛を得る職業に育ち、このことが建設産業の発展に結びつくと考えています。
――職人不足に短期的、長期的にどのように対応していかれますか
短期的な視点として、現場では「何を、どのように、どんなスケジュールでつくるか」を早期に明確にし、それを厳守し続けること。また途中での変更についてもできるだけ様々な影響を考慮し早く手を打つことを心がけています。建設の現場ではまだまだ、無駄な動きや手戻り手直しが多いです。これを極力なくすため、現場で実際に作業するまでの準備や効率化のための計画を練る余裕を持ってもらい、段取りのグレードをできるだけ高めることが、結果的に人数を少なく、また固定したメンバーでやるために重要な要素だと考えています。
長期的には、現場で試みた様々な手立てや工夫をノウハウとして確立させていくことも重要です。同じようなタイプの建物や工種にあたった時にあの現場ではこのように試みた、解決したということをきちんとデータとして残し、それを多くの現場でやり続けることが大事だと思います。また、そうやって培われた職人さんの技能やノウハウ、経験に見合った評価と報酬を業界全体が整備するのも必要でしょう。
もちろん、若い方々や女性がこの業界に入職してきやすいように、現場での仕事に誇りを持てるよう快適に仕事に専念できるよう、また現場での仕事を通して成長を実感できるような試みをしていきたいと考えています。
――協力会社や職人のモチベーションを高めるために、いろいろご努力されていることをお聞かせください
現場で働くすべての人が、快適に誇りを持って仕事ができるよう配慮しています。そのため充実した共通仮設設備と健全な作業環境を確保、維持することを心がけています。現場は天気にも左右されるうえに、騒音や臭気、さらには様々な危険とも隣り合わせの職場です。多様な要素に影響される職場で常に持てる能力を最大限に発揮してもらうような職場環境づくりが大事だと思っています。
現場というのはいろんな会社の異なる背景と条件を持った作業員さんが一緒になって一つの建物をつくる特殊な職場です。せっかく、こうして縁あって共にものづくりをしていく関係になったわけですから、一緒に働くことで小さなことでも何か一つでもその人のノウハウや成長の証として積み上げていってもらいたいと思っています。そのため、現場での評価表彰制度や活動記録、歩掛の整理の提供、また趣を変えて禁煙に対するサポートなどもこの現場で支援していきたいと考えています。
――現場の禁煙に対してのサポートは
当現場では禁煙希望者のサポートプロジェクトを実施しています。世間の喫煙率は3~4割で減りつつありますが、職人さんの喫煙率は9割を超えています。建設現場は一般的に禁煙を推奨する職場環境にないため、自分の意思で禁煙するのは非常に難しいと思います。たばこ代にしても多い人は1か月1万5千円~2万円位になるでしょう。だから禁煙のきっかけをつくるため、お医者さんに講演をしてもらったり啓蒙キャンペーンを行っています。そうして禁煙にチャレンジしてみようという人を募り、分煙化をしたり、何日禁煙したかで表彰したり、少しでも現場としてサポートをしようということでやっています。この先も健康な体で仕事をしてほしいという思いを伝えることで、日常作業における安全意識の向上にもつながると思っています。
――業務上の施工ミスや労働災害防止のポイントは何でしょうか
現場でのトラブルはこれまで様々なタイプのものが報告されており、それらを防止するための管理手法やマニュアルについては既にかなりの部分が確立しています。しかし、実際には人員が限られているのと時間の関係で、それらをやりきれず、依然としてミスや災害が発生しています。防止するためには、どのようなトラブルやミスが起こり得るかを最大限の注意をもって予知し、どう防ぐ手立てをとるのかについて、関係者全員が考え、実行することです。現場で基本を忠実に守って、確実に続けることが唯一のポイントだと考えます。しかも関係者の意識を同じレベルと方向性を持たせるのも非常に重要だと考えています。
――現場の状況をお椀にたとえておられる
その通りです。私は理想的な現場の状態とはお椀に入っているボールのような形をイメージしています。最初に着工時点で関係者が集った状態の時はお互いどんな人間かわからない、つまりフラットな所にボールがあるような状態です。一旦、外的なリスクがあると止めようがないという、どこまでも転がっていく状態です。それをお椀のような曲面にしていくのが我々の仕事です。多少の外的なリクス要因があっても、ちゃんとボールは落ち着くところに落ち着く。そういう人間関係や職場関係をいかにつくるかです。現場ではいろんなことが起こります。その時にどうリカバリーするか。現場全体でそういう環境をつくりあげることが、私の仕事の大きな一つだと思っています。
――専門工事業者や職人に対する要望があればお聞かせください
冒頭、私への質問にもありましたが、誇りを持って仕事に取り組んでもらいたいですね。専門工事会社の方々や職人さんは長年にわたり同じ種類の工事を多くの現場で経験しており、我々以上に専門分野の工事について知識を持っている。そのノウハウをその現場や担当者だけの一過性のものにせず、会社としてまた個人的にも整理したものとして積み重ねて確かで大きなものにして、自分たちの技術として誇りと自信を持って展開してもらいたい。昨今は、材料や工法、道具など多くのものが誰もが熟練した技能をかけずに操作ができるようになってきています。その反面、トラブル防止のための管理手続きはますます網羅的かつ緻密になっており、先人たちのノウハウや技術の伝承が機能しなくなってきています。ぜひこれからの建設技術を自分たちがノウハウを作っていくのだという強い自負と探求心をもってあたってもらいたいですね。そのような方々と一緒に誠心誠意仕事をすることを心から願っています。
――同じ職種でも誇りにばらつきがあるのも問題ですね
良い例があります。ある市長さんが教会の建設現場に行き、れんが職人さんに「あなたは何をしているのですか」と聞いたら、その職人さんは「私はれんがを積んでいます」と答えました。別のれんが職人さんは「私はこの町で一番大きな教会になる建物をつくっています」と胸をはって言ったとのことです。同じ仕事をしていても、そこには大きな意識の差があります。後者の方の受け応えには仕事に対する誇りが感じられます。仕事への誇りは失ってはだめだと思います。そうでないと技術の伝承も途絶えてしまいます。
――現場で新聞を発行されていたそうですね
私は前の現場で「現場便り」という新聞を作っていました。いろんな職種の職長さんに私がインタビューして記事を書き、現場で配布していました。職長さんの考えや私生活、趣味などを掲載することでその人柄をみんなに分かってもらう。現場ではお互いの信頼関係が大切ですから、その人を信用するためにはその人がどういう人か分かっていないとなかなか感情移入できないので、その人柄をみんなに知ってもらいたくて始めました。人間はその人のことを知ることで親しみがわくものです。私の現場運営はそういう心が通じ合えるカラーづくりを持ち味としており、その達成に努めています。
――ありがとうございました
【プロフィール】
常岡次郎(つねおか・じろう)=1962年生まれ。大阪府出身。京都大学工学部建築学科卒、1988年鹿島建設入社。