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建産EYE
2014/11/14
技能の原点~指物博物館を訪問
サシヒロ会長 佐倉弘氏に聞く
会社設立から62年間、数少なくなった日本古来から伝承されている手作り建具指物業一筋に歩み続けるのは㈱サシヒロ会長の佐倉弘氏。大阪府吹田市のJR岸辺駅北側にある社屋内には指物博物館を併設、指物を柱とした伝統的な周辺技術の伝承と発展に尽力を傾ける。佐倉会長は、建具だけでなく、神社の御神輿や祠など幅広く手がけており、その技術力と、指物業にまつわる問題点などについてお聞きしました。
――建具の仕事を始めたきっかけは。
19歳年上の兄が指物師をしており、日頃からその仕事ぶりを見て、興味を抱いたのがきっかけです。高等小学校卒業後、14歳でこの道に入り、トータルでは68年間も建築指物業に携わってきたことになります。この指物というのは釘を使わず、木と木を組み合わせて作る家具・建具・調度類、またはその技法のことです。釘や接着剤などを一切使わないため、仕上げがきれいで、ひずみや狂いがなく、長持ちするのが特色です。もちろん、質の良い材料を使い、高級感が味わえます。技術は兄から教わり、昭和27年に20歳で㈱サシヒロを設立し、独立を果たすとともに、本格参入しました。社名は指物の〝サシ〟と私の名前の弘の〝ヒロ〟からとってつけました。
――ようやく戦後復興が始まりだした時代ですね。
当時は遊んでいても仕事は幾らでもあり、断るのが大変でした。手付金を持って頼みに来たり、父親を通じて親戚中からも頼まれ、うれしい悲鳴を上げていました。仕事場も会社を設立して5年目に建替えましたが、そういうことができた時代でしたね。
――現在では仕事のやり方も変わってきたでしょうね。
昔は全部手仕事でしたが、今は機械に変わってきています。私のところはまだ手作業を続け、品質維持に努めていますが、仕事量は随分減っています。私が加入する大阪府建具協同組合は昭和32年に設立され、ピーク時の平成5年には78社も加入していましたが廃業、職種転換などから現在は会員数もかなり減っています。寂しいですね。伝統の建具が住宅などから順次、失われていくのは日本文化が失われていく感じで、惜しいことです。
――伝統的な技術の継承も難しくなっているようですね。
人を雇いたくても現状では採用は困難な状態です。高校新卒者を雇っても2年も続きませんし、仕事を覚えても、仕事量が少なく、大した賃金がもらえないからと辞めていきます。私のところは日当1万2千円位ですが、それ以上払うのはなかなか難しいです。バブル崩壊後、一気に仕事が減り、貯えもすべて吐き出したので、毎月赤字です。儲けるためには投資しなければならない。会社の看板が大事ですので、がまんしてやりくりしています。外注に出している業者の方は儲けているかもしれません。建具に限らず、他の職種もそうだと思いますが、昔の技術を継承して手仕事をしている店はほとんど見当たらなくなりつつあります。
――東京オリンピックの開催が決定しましたが、業界への影響はいかがですか。
人材不足がいっそう加速し、工事の人集めも大変だと思います。若い人を入れても、技術がなければすぐに仕事ができるものではない。建具の技術を身につけるには昔に比べて早くなりましたが、3年ぐらいかかります。昨年閉校になった大阪の守口高等職業技術専門学校を訪問したことがありますが、明けても暮れても鉋(カンナ)研ぎばかりしていました。一見、ムダに見えますが、どの業種でもそうですが、基礎技術を身につけるのは非常に大事なことです。私も鉋を借りて削ってみましたが、片手で一気に引けるような鉋の
研ぎ方をしており、立派だなと思いました。そういう若い子がもっと出てきてくれたらいいのですがね。私の会社にもそこから2人雇ったことがありますが、一人前になったら他の業種から引き抜かれて辞めてしまいました。社内にも最近、建具の一級技能士資格を取得した職人がいますが、かなりの腕前です。鉋にしても、刃を研ぐだけでなく、押さえもぴったりと合っていないといけないし、台ともうまくかみ合っていないといけない。この3つが揃ってこそうまく引ける。
――どうすれば職人を確保できるでしょうか。
国に頭を切り替えてもらわないと、我々の力ではどうにもならない。戸建住宅にしても昔は耐久性にすぐれ、一生ものでしたが、今は国が30年もてばいいと言っていた。消耗品になっているので手作りの建具も使われていない。60年近く前に90㎜角の細い柱を使って私が建てた工場があります。今でももっていますが、現在の建築基準法だと絶対もたないでしょう。建築そのものはよくても、材料がよくないですからね。
当社の近くにある吉志部神社で国の重要文化財に指定されていた本殿が2008年に火災に遭い、建替えのため仮の神社を建設する仕事を頼まれました。現在とは構造が全然違っており、建て方も随分と変わっていましたので勘が狂ってしまいました。宮大工を専門にしていたのならもっと学んでいたでしょうけどね。また、吉志部神社の御旅所であったといわれる名次神社の祠も手がけることができ、技術の伝承の参考にさせてもらっています。
――人材不足への取り組みはいかがですか。
従業員に対し、「今は仕事がなく、職人のなり手も減り、人材不足となっているが、いつか君らが大手を振ってついて来いといえる業界になる」と元気づけていましたが、その予測も段々薄れてしまい、嘘を言ったような状況になって残念です。この仕事を70年近くやってきて、若い人を20人余り仕込みましたが、その中で独立したのは5人位です。この業界に入ってくれる人を育成するにはどうすればいいのか。先ほどの守口高等職業技術専門学校などは閉鎖せず、残しておくべきだったと思います。卒業したらどこかの同じような業種に入ってくれているかもしれませんからね。
小学校の先生から児童の木工指導を頼まれることがありますが、男の子は来てなくて、女の子ばかりなので驚きました。校長先生も来られず、無関心さが伺えますね。
――工場での加工や機械化など随分様変わりしていますね。
指物師や建具工事業だけのことでなく、根本的に大工自体が昔と違う。鋸でも機械化しており、材木にしても、昔は戸建住宅を建てるのに120㎜か105㎜角の柱を置いて削っていたが、今は材木屋にやってもらうようになっている。材木屋にしても、材木を売るには削って持っていかないといけないので、加工する道具まで揃える必要がある。材木が売れないのに機械化しなければならないため、廃業していく。大阪にも大きな材木屋が何軒もありましたが、息子の代になると本業に投資しないで、目先を利かせてマンションを建て、気楽にやっている。材木で資産を築いてきたのに、材木屋自体がそうなってしまった。
お客さんが悪いのでなく、経営者が先走っている。私の会社でも大工さんから仕事を頼まれたら、加工した木を持ってきてくれる。「あんたがするのと違うのか」と言ったら、「そんな道具持ってない。道具を使っていたら値が合わない」という。そういう時代になっているから、根本的にどこからやり直しをするかということですね。
――もともと建具屋は加工していない木を持ってきてもらい、それを削ってやっていたわけですね。
貯水池につかっている丸太を買って、製材所で製材し、半年以上天日で乾燥させてから細かく挽いて使っていました。それが今は材木屋が機械を持っているので、仕上げて、それを現場に持って行ってはめ込めばいいというようになっている。建具屋自体も木取りばかりで、色も木目も違う木を集めて使っている。
――博物館をつくられたのは。
いろんな方々に本物を見てもらいたいとの願いからです。私が持っていた古い道具や、予めつくって周りに置いていた建具の見本などを並べています。自由に入って見学できます。今は指物といっても知らない人も多いし、建具を「けんぐ」と読まれる方もいます。牛歩でもいいから日本文化のよさを広く啓蒙していきたいですね。
――応接室には手製の建具の見本がぎっしりと置かれ、机やドア一つとっても味わいがありますね。本物のよさはどういうところでしょうか。
今は建具自体が紙の芯になっているような形です。紙で建具ができているような時代になっている。本物は一日一日と木の色も変わっていく。赤いところもあれば、白いところもある。それが本当の木のよさだと思います。木曽檜を使っている玄関でも、手入れしているところはきれいだが、手入れしていないところはニスを塗ったりし、それが剥げてくると非常にみすぼらしくなってくる。人間は顔に色を塗っても落とせますが、木は一度塗ると落とせない。それができないのが、木の本当のよさだと思います。今は机の表面でもデコラなど木目を印刷したものを張っているので、きれいに目が揃って見えるが、本物は節もあるし、全部目が揃うことはない。本物は手入れが必要だが、手入れするととてもきれいになる。それが本物のよさです。
本物は値段が高いものの、味がありますが、一般的には目先にとらわれ、印刷した安いものを選んでしまう。昔はそういうものがなかったので、木の種類を檜や杉、松にするかで値段が違い、庶民でも購入していました。
――博物館を拝見し、建具職人の優れた技、木の自然のぬくもり、日本古来の指物のよさを改めて感じました。
この伝統文化を朽ち果てさせないため、次代にどう継承するのかが今は課題です。これだけ時代の流れが早いと、どうしたらいいかということは言えないですが、少しでも業界が明るい方向にいくように何かしなくてはいけないという思いから博物館を設けました。しかも孫の代まで長く利用できるのも手作り製品の特色です。日本はアメリカ文化の導入から使い捨ての習慣が蔓延しましたが、耐久性に富んだ、しかも文化的要素の強い手作り製品を見直すとともに、特化させる時代に入ってきたのではないでしょうか。地球を汚さない、環境重視の精神の発揮は建具、調度品はもとより、住宅をはじめとした建築物全般にいえると思いますね。そういった面からも我々の事業の役割は大きいといえます。
――どうもありがとうございました。
【指物博物館】
建具のミニチュアや机、箪笥、御神輿、木彫り作品のほか、鉋、鑿木、釿、木挽き鋸などの伝統的な道具類を展示。常に木製建具と指物の技術に磨きをかけ、社寺の宗教施設、和風数寄屋茶室、和風住宅の窓、小物にまつわる物創り、木製建具・指物の匠芸の博物館。入場無料。
大阪府吹田市岸部中4―8―11 ㈱サシヒロ内 TEL 06-6389-3326